母親ひとり親の医療の学校の受験・修学手助けします

投稿者: k.takahiro

  • 論文トレーニング 言葉を定義する

    ◆「論文トレーニング」 「考える方法」としての「公的論文」のつくり方

     

    最近ChatGPTに代表されるAIシステムによって要求される学びの質がかわるだろうことが話題になっている。

    それでも「考える」の能力が要求されるのは間違いない。

    むしろ、いかにAIシステムを使いこなすかが知力の目的になるだろう。

    そこで漠然とした「知」を求めるならば才能に求めるしかない。

    それを向上させるためには方法として訓練するしかない。

    ここで訓練方法として提示するのは「考える方法」としての「公的論文術」である。

     

    公的論文とは

    文学作品や日常生活のための文章を書くことではない。

    自分以外の人間に自分の意見や事実を説明するためのもので

    結果として相手に自分の主張への賛成・同意を求めることを目的としている。

    そのために必要な展開の方法、表現の方法、結論の締め方がある。

    この方法では定型による作文を求めている。

     

    もともと、形式のスタイルはフランスで行われている論文法によるもので

    それを日本の事情を考え応用したものである。

    開発のいきさつは『哲学する子どもたち: バカロレアの国フランスの教育事情(中島さおり)』でフランス式の作文法を知ったことによる。

     

    フランスの作文教育と考える方法 前編

    フランスの作文教育と考える方法 後編

    論文の書き方とはものごとを論じることで自分の思考の筋道を相手に示すことである。

    つまり、論文の書き方とは「考える方法」そのものである。

    考えるためには筋道があり、それは形式として示される。

    よりよい形式を身につければそのまま自分の思考の筋道を示すことができる。

    私はそのための定型を考えた。

     

    新しい三分法

    形式は序論・本論・結論の三部からなる。

    これはいわゆる三分法と同じだが、展開はまったく違ったものである。

    一見今までのものと変わりがないようにみえるが

    私の方法は、どうしても感想文になったり、主観と客観がまざってしまうこれまでの日本の論文の書き方と比べると革新的なものと考えている。

     

    その基礎になっているフランス式作文法の基本を解説する。

     

    Ⅰ 与えられた問題を自分の言葉で書き直す

    試験官はまず、受験生が出題を理解したかどうかを見る。

    そのため受験生は自分の理解を示すために問題をリライトしながら

    同時に出てくる言葉を定義していく。

     

    これが論を発展させるための「概念化」の作業である。

    論を立てるための基本は書き手と読み手の間で共通に言葉を使うことである。

     

    かつて「リセ」が旧制高校扱い(今は中等教育)だったときには

    「哲学学年」といって丸1年かけて重要な概念について学生が討論していた。

    この流れがあるから、制度が変わった今でもフランスでは極左から極右まで党派にかかわらず

    上に立つ立場の人間は同じ言葉で議論できる。

     

    Ⅱ 論理は二つ以上

    次に問題提起する。

    問題提起というのは、「与えられた主題に、論理の一貫した答えが複数あって、それが互いに矛盾するという構図を作ること」。

    フランスの哲学の試験では、受験生は少なくとも一人で二つの論理を発展させなければ、答案として認められない。

    自分の思い込みを一方的に唱えるのは「考える」ということではない。

    そう学校で教えられている。

     

    「異なる説を自分で発展させてみて突き合わせる知的な練習をしていれば、自分と異なる意見に耳を傾ける習慣も自然とつき、議論をするペースが築かれるだろう。

    まったく噛み合わない自説を主張するばかりで「いろんな意見がありますから」で終わる不毛な議論が起こる回数も減ると想像する。(中島)」

     

    特別の才能がなくても、普通以上の高校生であればこの訓練を受け、実行している。

     

    Ⅲ 対立する論点から結論へ

    複数の説を押し進め両方の説を調整して別の道を見つけ出す。

    ここが「展開部」になる。

    そうすると結論にあたる部分が効果的に引き出せる。

     

    さらに

    「結論」は「序論」と「本論」で扱ったことの混合であってはいけない。

    「第一部と第二部で使わなかった考えを第三部のためにとっておけ」

    日本の小論文の指導がときどき、「結論は序論と同じことを繰り返せ」と言っているのとは全く違う。

     

    以上の手法を日本語の事情を考えてトレーニング法として作ったのがわたしの「論文トレーニング」です。

     

    言葉を定義する 解答例

    言葉を定義する1 意見と事実(その一)
    (本文)a事実 b意見 c断定

    言葉を定義する2 意見と事実(その二)

    (一)①f ②r ③r ④f ⑤r ⑥r ⑦f ⑧r
    (二)推論部分を何らかの方法で確認すればよい
    (三)1ア③ イa ウb 2a① b③ c②
    (四)例)人一倍熱心に練習する。常にチームの勝利のために全力を尽くす …

    言葉を定義する3 意見と事実(その三)
    (五)ア①信念を通すために反対している。 ②がんこで人の意見を聞かない。
    イ①一生懸命遅くまで練習している。 ②だらだらと遅くまで練習している。

    言葉を定義する4 数字で伝える(その一)
    (一)数字で基準を作ること (ニ)問①十六歳どうしでは正式に結婚できないから、成人とみなされることはない。(親権は子どもを産んだ子の親が代行する) ②喫煙年齢のように成人にかかわらず二十歳まで禁止されているものもあるが、十八歳どうしでは正式に結婚できるから、両親には当然親権がある。

    言葉を定義する5 数字で伝える(その二)
    (三)(1)はっきりと数字で分けることができない場合 (2)(長所)基準で正確にわけることができる。(短所)あいまいを許さない。

    言葉を定義する6 言葉を定義する(その一)
    ここでの目的は正しい説明(定義)ではない。
    正しさを目的にするならば辞書を丸写しにすればいい。
    自分が意図するものを相手に伝えることである。
    終わり方に注意。きちんと定義(説明)になっていること。説明しすぎないこと。

    言葉を定義する7 言葉を定義する(その二)
    ①(私は コミュニケーションを取るためのルールは)
    相手のことばをきちんと受け止め、相手のことを考えてことばを返すことだと考える。
    ②(私は里山とは)
    自然の恵みを人が収奪するしくみと言い換えることもできると考える。
    ③(私は「生活知」とは)
    生き延びていく際に獲得する一人称の知だと考える。

    言葉を定義する8 言葉を定義する(その三)
    ④(私は「慇懃無礼」とは)
    一応相手を敬っているように見えるが、相手を敬う心情がこもっていないから、ただちに敬語を使ったことにはならないことだと考える。
    ⑤(私は子供の躾を可能にさせるものは)
    道徳教育ではなく、社会の圧力であると考える。
    ⑥(私は人が複雑な人間関係のなかに悩むのは)
    複雑に人間関係の輪が広がっていくからだと考える。
    ⑦(私は人々が観念の遊びをするのは)
    実行よりは観念が、経験よりは知識が重んじられすぎるからだと考える。

    言葉を定義する9 言葉を定義する(その四)
    ⑧(私は「言葉」とは)
    体験が脳の中で整理されていくことによって意味が立ち上がり、磨き上げられていくものだと考える。
    ⑨(私は科学技術とは)
    好奇心というよりも欲望の実現を可能にするものだと考える。
    ⑩(私はアマチュアとは)
    愛好家の意から生まれた言葉で、アマチュアリズムとは「道楽」のことである。

    言葉を定義する⒑ 言葉を定義する(その五)
    ①(私は敬語を使うということは)
    相手の人格を認めて敬語を使うことも少なくない
    (したがって)
    親疎関係が敬語を使わせたり使わせなかったりするのである。

    ②(私は幸せとは)
    人が喜ぶ物、物を喜ぶ人に感謝し合い、喜び合うことだと考える。
    (だから)
    現代において幸せを再生産しようと思うと、手づくりの文化の良さにもう一度返る必要がある。

    言葉を定義する⒒ 言葉を定義する(その六)
    ③(私は芸術家には)
    独創性は必要ではないと考える。
    (むしろ)
    必要なのはそこにある生命を掘り出すのが芸術家で、芸術家は生命を無からつくり出すわけではない。

    ④(私は契約を結ぶということは)
    相手方を信用することであり、権利の行使が問題になるときは信用が裏切られたときのことなのだと考える。
    (だから)
    契約書をかわすことは、権利を大切にする社会では、しごく当たりまえのことであると考える。

    言葉を定義する⒓ 言葉を定義する(その七)
    ⑤(私は秋は)
    生命の凄絶さのある季節だから美しいと考える。
    (それは)
    命の一滴が自然に燃え尽きるまで生きて、生と死が交差する光景である。

    ⑥(私は日本人の言語感覚は)
    人間関係での和を第一義とする考え方を反映していると考える
    (しかし)
    日本人の過剰な他者への意識は却って皮肉とか優柔不断と取られ易い。

  • 気持ちでは物事は解決しませんが気持ちがなければ物事は始まりません

    新年おめでとうございます。

    昨年は一昨年からの流れで

    内蔵の不調のため思うように体を動かすことができずに

    準安静状態の一年となりました。

     

    その他にも有象無象の不運がかさなり

    まるで不運の百貨店状態です。

     

    仕事の上でも営業にも行けず

    残念な一年間となりました。

     

    つくづく

    気持ちでは物事が解決できないことを思い知らされました。

    わたし自身これまで「努力」を主義にすることを批判してきました。

    いっそうのこと「努力」というものもそれができる「体力」「健康」があって初めてなり立つことを

    言葉だけではなく現実に思い知らされました。

     

    これまでは

    自分の性格ではプランが思うようにいかければあせりを感じることが多かった。

    それが一年半近くの中で

    折り合いをつけていかなければ

    自分が苦しくなるだけだと思うようになることができました。

     

    それでも

    自分の意志だけは繋ぎ止めたい

    今の自分にとって解決がむずかしくても

    そもそも気持ちがなければ物事は始まりません

     

    少なくともその点だけは自分を信じ続ける

    そこからしか始まらないのですから。

     

    今、不運の中で生きている人はわたしに限らないと思います。

    むしろ、生活に困らないだけでもいい方なのかもしれません。

     

    不運の束に遭っても

    もう一度、努力ができる気力を取り戻すことを願ってやみません。

     

    なお

    このサイトは事業の紹介のためのものです。

    わたしの考え方・主張に興味をもったら

    次のサイトの方を定期更新しています。

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  • 子どもを育てるのは家庭だけではない それでも親にはよい生活習慣をもってほしい

    新年おめでとうございます。

    今年こそはよい年をと願わずにはいられませんが

    (病気をするといっそう思います)

    コロナ禍はまだまだ収まりそうにありません。

    そんな見通しのなかでも将来を考えなければなりません。

     

    再来年度に設立を目指す子ども政策を受け持つ省庁の名前が、「こども庁」から「こども家庭庁」に変更されました。

    与党の政治家の中では「子どもは家庭が育てるものである」という強い声あったようです。

     

    わたしは子育ては親だけに任せるには重すぎると考えていますが

    それでも、親が自分のためにも子どものためにもよい習慣をもつことを勧めています。

     

    36年間の教員生活の中で

    子どもが貧困から抜け出す鍵は子どもよりも親にあると考えています。

    子どもの努力だけでは問題の解決はむずかしいのです。

    本人の一代で解決するには負担が大きすぎます。

    親の生活をどう安定させるかが本当の解決の鍵のはずです。

     

    親がよい習慣をもち、子どもに伝えようとしなければ

    子どもは不利な立場から出発するしかありません。

    その一番たやすい方法は親が学び収入を増やすことです。

    「ライフスキル 10のスキル」

     

    それでも

    子育ては母親の責任であるという性別役割分業意識の根強い日本では

    そうした考え方自体が母親たちを追い込むことにもなりかねません。

     

    生まれた子どもが社会のルールや常識を学び、大人になっていく流れを

    子どもの「社会化(socialization)」と呼びます。

    子どもは親・家庭からだけではなく

    まわりの大人や学校、友人、地域社会、趣味サークルといったいろいろな中で経験を重ね自立していきます。

    その中では反面教師といった苦い経験も大事なものとなります。

    社会化のルートをたくさん用意している社会は子どものためによい社会と言うことが出来ます。

     

    「こども庁」を「こども家庭庁」とする名称変更は

    こどもの社会化は独占的に「親・家庭」が受け持つためと考える人たちがおり

    彼らにとっては現実よりも自分たちの主義主張が大事なのです。

    子どもをめぐる問題を社会ではなく家庭が解決すべきと考えるかぎり

    多くの子どもも親も不幸になるでしょう。

     

    子育ての社会化と

    同時に母親、特にひとり親が自分の力を発揮できて初めて

    家族をめぐる貧困の解決の道筋が見えてきます。

     

    そんな志をもつ人たちを自分のできることを通して手助けしたい

    それがここ1年

    そしてこれからのわたしの仕事です。

  • コロナ禍の今、母親ひとり親は学んで資格を取り コロナ禍の後を乗り切ろう

    日本はいわゆる先進国の中で相対的貧困率が高いのはすでに常識になっています。

    特に女子の場合「就業率は高いのに貧困率が高い」という意味不明なことが起っています。

     

    その理由は女子労働では圧倒的にパート(有期労働)が多いことです。

    欧州では有期雇用は「人権を守るのに足りない雇用制度」とみなされ、禁止されたり制限されたりしています。

    賃金も「不安定手当」が支給されるので、無期雇用より高いことも多い。

     

    さらに

    日本のセーフティーネットは「正社員」が前提なので、非正規労働者を守る仕組みがありません。

    コロナ禍の雇用調整助成金からも、非正規の人たちは休業手当も、休業支援金も受け取れないケースが相次いでいます。

     

    そして

    コロナ禍ではっきりしたことは

    「学歴による格差」の影響が深刻化していることです。

     

    コロナ禍の「女性不況」、“学歴による格差”の影響が深刻化している

    元の生活に戻るまで、耐えられるのか?(前田正子)

    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84191

     

    この記事では

    女子の就業率が上がる中で、非大卒層ではこの20年の間にむしろ正規の仕事が失われてきたこと。

    そして

    2015年以来、15~64歳の女性の非正規労働者は増え続けていたが、コロナの影響で一気に減少したことが分かる。

     

    就業状態においても学歴格差が広がっている。

    そして、非正規の仕事で生活を維持している単身女性は少なくない。

     

    そうすると職にあぶれた人たちは「生活保護」を受けるしかないのですが

    「税金で面倒をみられている」という「世間の冷たいまなざし」だけではなく

    生活保護受給者たち自身が

    「仕事ができないっていうのは『おまえは生きている意味がない』って

    社会から言われているような気持ちになる」と感じていることです。

    自分たちの人として「プライド」までもが失われているのです。

     

    それでも

    今、生活が成りいかなくなっている人は死なないためにすぐに「生活保護」を受けてください

     

    生活保護申請時に子や孫、兄弟・姉妹にまで問い合わせがいくことを知ると二の足を踏んでしまいますが

    命がかかっている今

    この国が異常だと割り切ってください

    (特に子どもを抱えている人は)

    現在、政府も役所に事情を確かめ強制的に親族に問い合わせをしないように指示しています。

    (結局、担当者次第なのですが)

     

    まず

    日本の家族・親族の「扶養義務」はいわゆる先進国の間では異常だと知ることです。

    欧米の社会では、親族扶養は虐待などの引き金になりかねないと

    家族とは切り離す形で制度が組み立てられています。

    しかも、多くの国では、「親が子の面倒」を見ても、「子に親の面倒」を見る義務は課していない。

     

    生活保護、障害年金は、行政書士、司法書士、社労士等が相談、代行をしてくれます。

    費用は文書料だけなので1~2万円以下ですみます。

    後払いなので事情を分かってもらえれば手当て受け取り後の支払にも応じてくれます。

    何よりも個人が役所に手続きに行けば受け付けられないことがあっても

    法律家の正式な手続きを断ることはできないことです。

     

    でも

    根本的は解決は

    一度、自立のコースからはずれた大人でも

    自ら学んで自立に十分な稼ぎができる資格をもつことが当たり前になることです。

     

    残年ながら

    今の日本ではその習慣がありませんし

    「寡婦・寡夫」のような立場の人を除けば役所が手助けする仕組みもありません。

     

    唯一、日本で特に立場の弱い女子が

    特別に優秀な人でなければなおさらのこと

    十分な稼ぎができる資格は「医療の仕事」

    特に少ない費用で(場合によっては実質無料で)資格を取ることができるのは

    「看護師」しかありません。

     

    人の命にかかわる仕事とプレッシャーを感じる人もいると思いますが

    医療の仕事は「特別な訓練」が必要な「普通の仕事」です。

    当たり前の収入を得て生きるためのには割り切りましょう。

     

    コロナ禍の今「母子・父子・寡婦福祉資金」つかって資格を取ろう(私が医療の学校をすすめるわけ)

    https://ameblo.jp/otona-no-manabi/entry-12667875005.html