フランスの作文教育と考える方法

フランスの作文教育と考える方法(中島さおり「哲学する子どもたち」より)

わたしは現時点ではフランスの作文教育が世界で最もすぐれていると考えています。
その理由を中島さんの著書「哲学する子どもたち」を紹介する形で説明します。

話は「哲学」のバカロレア受験参考書から始まります。
バカロレアは最近知られるようになりましたが共通大学入学資格試験です。
フランスの学校で教えている「哲学」とはどんなものか?
参考書の第1章「バカロレアにおける二つのタイプの設問に対処するための一般的な方法論」。
この二つのタイプの設問というのは、一つが論述でもう一つがテクスト説明。
テクスト説明は哲学者の書いた文章の抜粋が与えられて、それを論評するもの。
中島さんはこのうち「論述」の力を取り上げて話を進めます。

論述の出題は「芸術作品には必ず意味があるか?」というような哲学的な問いに対して、自分で仮説を立て、論証していく形式です。

受験参考書は言う。
「論述とはどういうものであるか。それは哲学についての言述ではなく、それ自体が哲学的な言述でなければならない。つまり、主題についての明確で厳密な問題提起に立脚して、それに対して説を唱えるものでなければならない。説とは、問題への答えである。君たちの持っている知識を使いながら、哲学において、可能な説の有効性を証明することである」

「私が本当にすごいと思うのは、私たちが日本で高等教育を受けても一度も習わないことを、フランス人たちは、どこにでもいる高校の先生に習っているということなのだ。それはサルトルがどう考えたとか、ニーチェが何を言ったとかではない。「抽象的にものを考えて他人に示すにはどのようにやるか」という実に具体的な方法である。(中島)」
これより詳しいことは本書を読んでもらう方がいいのですが(買って読む値打ちがある本です)

具体的な話を進めましょう。
論述文を書くには、まず序論、本論、結論がなければならない。これは目新しい話ではないでしょう。
しかし、序論の内容となると日本のやり方と全く違います。

Ⅰ 与えられた問題を自分の言葉で書き直す
試験官はまず、受験生が問題の意味を理解したかどうかを見ます。
そのため受験生は自分の理解を示すために問題をリライトしながら
同時に出てくる用語を定義していきます。

これが論を発展させるための「概念化」の作業です。
論を立てるための基本は書き手と読み手の間で共通に言葉を使うことです。

かつて「リセ」が旧制高校扱い(今は中等教育)だったときには
「哲学学年」といって丸1年かけて重要な概念について学生が討論していました。
この流れがあるから、制度が変わった今でもフランスでは極左から極右まで党派にかかわらず
上に立つ立場の人間は同じ言葉で議論できるのです。

Ⅱ 論理は二つ以上
次に問題提起をします。
問題提起というのは、「与えられた主題に、論理の一貫した答えが複数あって、それが互いに矛盾するという構図を作ること」です。
フランスの哲学の試験では、高校生は少なくとも一人で二つの論理を発展させなければ、答案を書くことができません。
自分の思い込みを一方的に唱えるのは「考える」ということではない。
そう学校で教えられている。
「異なる説を自分で発展させてみて突き合わせる知的な練習をしていれば、自分と異なる意見に耳を傾ける習慣も自然とつき、議論をするペースが築かれるだろう。まったく噛み合わない自説を主張するばかりで「いろんな意見がありますから」で終わる不毛な議論が起こる回数も減ると想像する。(中島)」

特別の才能がなくても、普通以上の高校生であればこの訓練を受け、実行しているのです。

「そう学校で教えられていることにまず驚いてしまう。
異なる説を自分で発展させてみて突き合わせる知的な練習をしていれば、自分と異なる意見に耳を傾ける習慣も自然とつき、議論をするペースが築かれるだろう。まったく噛み合わない自説を主張するばかりで「いろんな意見がありますから」で終わる不毛な議論が起こる回数も減ると想像する。

Ⅲ 対立する論点から結論へ
複数の説を押し進め両方の説を調整して別の道を見つけ出す。
ここが「展開部」になるわけです。
そうすると結論にあたる部分が効果的に引き出せる。
さらに
「結論」は「序論」と「本論」で扱ったことの混合であってはいけない。
「第一部と第二部で使わなかった考えを第三部のためにとっておけ」
日本の小論文の指導がときどき、「結論は序論と同じことを繰り返せ」と言っているのとは全く違うのです。

わたしは仕事柄今まで高校入試の膨大な量の作文を読んできましたが
(残念ながらトップ水準の子たちの文章を読む機会はありませんでしたが)
感想の一言
みんな書くことが同じで
「全然面白くな~い」「読むのが苦痛」
当然、ここでの面白さは「受けを狙え」、「個性を主張」や「興味本位に書け」ではありません。
文章が上手下手以前に魅力と言わなくても読み手に納得させるような文にお目にかかれないのです。

今は少しましに成ったようですが
一時東京大学に合格しても小学生のような文しか書けない子が少なくないと問題になりましたが。
(東京大学の教員のリークです)

Ⅳ 哲学者の役割
そして
文を書く中での引用や知識をどう考えるかということです。
「フランスの「哲学」という科目では自分の考えを発展させることが優先されているが、だからといって、哲学者の言ったことを勉強しないで勝手に考えてよいわけではない。・・・ 哲学を学ばないで、「考える力」だけつけようとするのは、技術を学ばないで船を作ろうとするようなものだろう。」(中島)

日本ではほとんど無視されていますが
論文を書くときの訓練には「基礎論理学」が必要です。
これって「哲学」の分野です。
基礎論理学の訓練なしで(感想文ではなく)論文を書くのは大変むずかしいことです。
当然、論理としてまとまった形ではなくても文章作法の中には含まれていなければなりません。
フランスの普通教育では他人を無視しないように筋道をとらえさせることで
作文を書く訓練の中で論理の基本練習がされているようです。

ここでは知識量だけを問うのではなく
(知識が不十分ならやっぱりよい文は書けません)
知識が自分の中でどう捉えられているか、活かされているかが問われます。
それを示す方法として作文があるわけです。

儒学の一派に「陽明学」というものがあります。
幕末の志士(勤王も佐幕も)と呼ばれた人たちを動かしたのはこの学問です。
日本の歴史をつくった思想といってもいいでしょう。
陽明学の基本は儒学主流の朱子学が客観(正しさ)を重く見たのに対し
行動を重く見たことです。
王陽明の言葉に「五経(聖典)は心の脚注(参考)である」とあります。
陽明学は実践の学問です。
実践で初めて知識の意味が問われるのです。
自分の考えに文という形を与える。
これも実践の始めといっていいでしょう。

このような試験ではカンニングのしようもありませんが
日本なら採点の基準で公正さが保てないとか苦情が出てくると考えるでしょう。
(日本の新共通テストではこれが問題になっています)
フランスでは書く方も評価する方もノウハウがあり
苦情が出ないだけの積み重ねができているのでしょう。
教師に説得できるだけの評価能力があるということです。
(残念ながら日本の教員にはこれがないのです)

でも、フランスの元大統領の回想によれば
バカロレアの受験中に前の席に座っていた女の子が解答に困っていたようなので
親切にも自分からすすんで代わりに答案を書いてあげて
(残り時間で自分の答案をつくった)
そのために自分は試験に通ったものの最優秀は逃した
そんなことを書いていました。
なかなかお茶目な人です。

それでも不正入試などと騒がないのはさすがにみなさん大人です。
(有権者として問うことは大統領としてすぐれているかどうかです)
これぐらい博愛の人でなければフランス大統領は務まらないのでしょうかね?

哲学に限らずフランスのバカロレアの出題は全記述の形をとり、基本的な流儀は同じになっています。
哲学だけがという事ではないのです。

最初はフランスの普通教育の事情を知るために偶然買った本ですが
読み始めたら書き手の中島さんの能力の高さに腰を抜かしました。
文章の明快さでそれがわかります。

実は30年ほど前に当時のリセ(旧制高校)の哲学学年のしくみが非常にすぐれていると聞いて
調べるために当時ネットもなくフランス語が読めないわたしとしてはある限りの努力をしましたが
専門家という人たちの話がまったく分かりませんでした。
わたしのものわかりが悪いせいかと思っていましたが
中島さんの書いていることを読むと専門家の方が全く何も分かっていなかったというのが感想です。

おかげで20年以上回り道をしましたが
定年の直前にこの本に出会い
10年来構想してきた『論文トレーニングシステム』最後の骨組が出来上がりました。
半年後、短い文章しか書けない子に長文を書かせるための技術が解決できて完成することができました。

※わたしのプランの概要は次のとおりです。
素養のある人はこれだけでわたしの方法を理解することができると思います。
『論文トレーニングシステム』はこのプランを実現するためにフランス式作文術を日本語で訓練するための課題群です。
(権利関係未整理のため契約者以外には公開しません)

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