数学の学び方Ⅰ

§1 試験で点数が取れることと分かることの違い どう学んでいくか?

意外に意外にも一番暗記が役立つ教科が数学です。
「数学は考える筋道を追う」のではと
真面目な教員から教わったあなた
少なくとも受験のための学校数学は暗記科目なのです。
これは受験指導で有名な和田秀樹さんがはっきりと言っています。
(もしかすると、英語よりもその度合いは高いかもしれません)

たいていの中学・高校生は使うために数学を学ぶのではなく
試験・資格の合格のためにやっています。
そうすると問題を解き、点数を取るのが学ぶ目的になります。

たいていの入学試験問題は型で解くことが出来ます。
(二次試験でまる半日使って解かせる例外的な大学もありますが)

自分の頭で考えたりすると解答時間が間に合わなくなってしまいます。
むしろ
完答するよりもどれだけ効率よく部分点を稼ぐかという受験の仕方を教えるところさえあります。
そこでは問題を解くことでさえなく
より多くの得点することが目的になっているのです。

それなら
できるだけ多くの問題解答パターンを覚え、手際よく解く練習してしまう方が有効です。
実際
フォトグラフィックメモリーの能力があった手塚治虫さんは受験には全く困らなかったようです。
これは一度、見たものを写真のように記憶する能力のことで
きっと
数学は問題解答のパターンで解けたのではないかと思います。
当然、彼ぐらいの能力がある人なら内容は分かっての上だと思いますが。
(サヴァン症候群の患者によく見られる能力で
手塚さんのような高い適応能力をもった人では大変珍しいことです)

実は数学の問題が解ける子の中でも
やっていることの意味(意義)がよく分からなくとも
パターンと手際の練習でけっこうな高得点をとっている子がいます。
でも
この子たちは受験が終わるときれいさっぱりと
解法は忘れるし
数学とかかわることは止めます。
手段ならばそれもありかと思います。

ですから
点が取れる子と比べて点が取れない自分が劣っているなどとは全く思わなくていいのです。
点数が取れても何をやっているかわからない子なんて珍しくありませんから。

そこで
どうするかです。
わたしの考えは単純です。
まず、国家試験受験資格を取ることを目的にしていますから
特にむずかしい学校は避けます。
その条件で
必要な範囲の基礎を作ります。

野球で言うなら
体を故障させない(無理のない)投げ方
球数を投げることができる
遠投をすることができる体力(基礎力)をつくる。

それは
必要な暗記は求めるが、暗記に頼る形をつくらないということです。
これは合理的な繰り返しで定着させることで可能です。
そのためには繰り返しの中で基本的な考え方を身につけるようなプログラムが必要です。
(KUMONの考え方などはそうです
実際、使い方を間違わなければ効果的です)

基礎の基礎ができれば
あとは多少個人流でやっても
(その人の事情に合わせても)
成果を求めることができます。

§2 数学は考える学問か?学校(中学・高校)数学教育での誤解

みなさんは数学を考える学問だと教わっていませんか。
和田秀樹さんのようにズバリ(受験)数学は暗記科目だと言い切っている人もいます。

実際、受験数学に限らなくても入学試験のレベルが低い学校では数学は暗記科目です。
それどころではなく、私学では私大文系コースだと
必修選択の「数学Ⅰ・数学A(3年間合わせて週5時間)」の最低単位だけしか授業選択がないところもあります。
(実際にはほとんど数学がない
だから、その場しのぎで暗記した方がてっとり早いという現実があります)

文部科学省の規則である学習指導要領では「考える科目」であるという立場をとっているようですが。
小学校の算数では考えさせることが先走ると数学パズルのようになってしまっています。

前書きが長くなってしまっていますが
確かに「数学」は考える学問です。
ただし、これは「純粋数学」と呼ばれるものです。
(数学は「純粋数学」「応用数学」に分けることができます)
工学(応用数学)の分野では簡易(公)式というものがあります。
工学の公式は本来は起っている現象の分析(解析)から式をたてるものですが
それだと式をつくると正確だがおそろしく計算がややっこしくなることが多いのです。
それで
理論上の裏付けとはかかわりなくても実用に問題がなければ
大幅に少ない手数で(近似)計算できる式をつくることがよくあるのです。
自分で公式を開発せずに簡易式を使う人は何故がわからなくても計算をしていることになります。

数学(特に純粋数学)にとって重要なのは「無矛盾であること」です。
実は、現在でも「負の数」や「虚数」の実在を認めていない数学者がいます。頭の中だけにあるものだと考えているということです。
(クロネッカーという現代数学に強い影響を与えた19世紀の数学者も
「自然数は神の作ったものだが、他は人間の作ったものである」と言っています)

それは
「負の数」「虚数」というものはまず数学の考え方を矛盾なく進めるために考えられたもので
実際にあろうとなかろうとあることにした方が
よりよく学問として実用として矛盾なく数学を広げることができたから約束として使うようになったのです。
(だから、欧州でも「負の数」という考え方(概念)を認めるのに実際に使い始めてから500年もかかっているのです)
そのために理屈が必要になるごとに「負の数」や「虚数」・・・などの考え方(概念)がつくられたのです。

だから
極端に言えば専門ではない数学教育で「負の数」「虚数」の正体を説明する必要はなく、理解する必要もないのです。
(学者でもなければ)本当に必要なのは「正体」を理解することではなく「役割」を知ることです。
「無理数」だって計算で正確な値が出なくても
無理に計算せずに無理数を表す方法(記号)さえ決めてしまえばそれでいいのです。
(実用の世界であれば仕事で困らない範囲で数字さえ計算できればいいのです。
このあたりに無理数って何かだまされているみたいと思えてくる理由あるのでしょう。
正確に計算できなくても実際の長さ(量)はあるわけですから)

この当たりに数学教育を巡る混乱の原因があるのをわかってもらえるでしょうか。
「考え方としての数学(理論)」と「実用としての数学」にずれがあるかぎり
この前提で数学が役に立つか立たないという理屈から
数学を学ぶ必要のあるなしを議論できないのは当たり前のことなのです。
(趣味で学ぶことには誰も反対しません)

じゃあ、数学を学ぶっていったどんなことか?
それは外国語を学ぶことと一緒です。
外国語を学ぶことを無理やり押しつけることはできませんが
外国語ができた方が便利なのは説明する必要もないでしょう。

わたしは「数」のことを「数言語」と呼んでいますが
数学を学ぶことは「数」という言葉を学ぶことなのです。
外国語を学ぶためにはその言葉のルールや習慣を知るのは当たり前のことです。
「数言語」も言葉ですから同じことが必要です。

ただし
「数言語」を使うと「自然」をより正確に書き表すことができます。
自国語・外国語、人の使う言葉を「自然言語」とも呼びますが
数言語は自然言語よりもより正確にサイエンス(科学)の理屈を書き表すことができます。
サイエンスやテクノロジー(技術)で使う言語、それが「数言語」です。
学校数学ではそのため、または、専門で学ぶ基礎にするために学ぶのが本来の目的です。
自然言語だって考えたほうがよりよく学べるという意味で数言語だって考えたほうがいいですが
数学の専門家を目指す者以外に無理やり理屈を考えることを求める必要もありません。

だから
どうすれば上手に少ない抵抗で必要なレベルの数言語を身につけてもらえるかが
学校数学教育の正しい発想だとわたしは考えます。
残念ながら多くの人にとって数学の実用とは言葉として自在に使うためではなく
入学試験や資格のため(学歴)のものであるようです。
(それも実用のうちですからわたしは別に否定もしません)

§2 《書評》KUMONの『これでだいじょうぶ!数学シリーズ』(全5巻) 基本要素に分けて繰り返す

問題集を「書評」するというのも普通にはないことかもしれませんが。
わたしは教科トレーニングのためにいつもよりすぐれた方法がないか探しています。
特に問題集では自分がどうしても作る必要があるもの以外は
(内容が十分ではない、これまでの方法には無理がある時)
できるだけ良いものか、その子にあったものを探します。

その中で他の問題集と比べて
実用的で面白いと思ったのがこのシリーズです。

中1「文字と式」「方程式」「比例と反比例」
中2「1次関数」「図形の証明」
から成っています。

この5冊は普通の問題集のように解法説明や問題例を集めるという形ではなく
理解よりもパターンとして慣れさせることを基本にするという構成なので
要素ごとに取り扱い方練習をするという形になっています。
ですから
より要素に還元できるものの取り扱いにすぐれています。

「図形の証明」以外の4冊はなかなかよく考えられた独特のスタイルで作られています。
KUMONは一つ一つの要素を分析しての繰り返し練習で定着させるノウハウの積み重ねをもっていて
代数ではそれがうまく使われています。

「図形の証明」は図形(幾何)という内容が一つ一つの要素を取り上げての繰り返し練習という方法がむずかしいのでできあがりはもう一つです。
(図形での要素繰り返し型練習法は山崎亘さんが対策の型を考えついていますのでそのうちに紹介します)
図形以外の4冊は同じスタイルでつくられています。

全体によくできているので
大人でも基本ができていない人の練習につかったらいいと思いますが
子どもが独習(場合によったら大人でも)するためには不十分なところがあります。

「文字と式」は全体の基礎編に当たるので非常にていねいにルールや間違いやすいところをおさえてあります。
このあたりはKUMONが最も得意とするところでしょう。

「方程式」「比例と反比例」は説明で理解を求めるよりも
示されたことにしたがい要点を繰り返していくかたち体に染みこませるやり方です。
ポイントはさすがに経験とデータで押さえていますが
導入部では編者の思いつきが空回りして
説明が不足してかえって混乱するかなと思うところがあります。
ここは大人、教師の手助けが必要だと思います。
このあたりに自学自習式であるはずの公文式が教師の力量で成果が変わるという矛盾点があります。
詳しくは
※「再論 公文式・水道方式 教師の力量を求めるものはどちらか?
https://ameblo.jp/otona-no-manabi/entry-12541190491.html

「1次関数」は中学代数の集大成という面がありますので
ここまでの基本が出来上がっているという条件なら
非常にていねいにくわしく取り扱っていると思います。

どちらにしても
他社にはない体感と繰り返しを優先するという独特のスタイルの問題集です。

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